Diary・2001年3月

古い日付けが下で、新しいものが上、です。

2001年3月25日(日)

入間市、金子公民館、ビッグバンドクリニック&コンサート。リーダーは藤本忍(tp)さんで、わたしはサイドメン。
クリニシャン兼ミュージシャンは三好亜貴子(tb)堀恵二(as)竜野美智子(p)大西慎吾(b)茂森輝哉(d)。
所沢、入間を中心に活動しているビックバンドが中心で、楽器をやっているアマチュアの人たちとブラスバンド部の高校生も何名か参加するイベント。ブラバンにはフルートが欠かせないと言うことで、わたしも講師として参加させていただいた。
課題曲は何と、ハンコックのカメレオン。16ビートの曲で、しかもBbマイナー。フラット5個だ。初心者も参加するらしいというのに、どう教えたものか、ええい、行けばアイディアも浮かぶだろう。
実際はみんなそこそこ吹けたので良かった良かった。高校生の女の子2人はおとなしかった。頑張って吹いてくれたけど、楽しんでくれただろうか。
ミュージシャン7名でセッションも行う。ブルース、Aトレイン、モーニン、など。三好はまっつぐで良い。邪心がない、純粋さを感じる。アルトの堀さんが面白かった。奇麗な音でメロディアスで、たまに突拍子もないことを吹く。打ち上げで意気投合して、堀ちゃん呼ばわりしてしまった・・・。
所沢ジャズクラブのお方々、いつもながらお世話になりました。いつもながら沢山飲ませてもらっちゃって、ありがとうございました。


2001年3月24日(土)

千歳烏山 J-mood。倉地恵子(vo) 田山勝美(p) 澁谷盛良(b) 。
インストで、I Remember Youと浜辺の歌 からスタート。お店の常連さんと思われる5人組がボトルなど飲みつつ聴いていてくれて、ありがたいなあ、と思ったら、なんと昔の友人だった。
分倍河原のバベル2ndがあった頃来てくれていた、イタちゃんでありました。あれはもう7年位前なんじゃないか、と話す。彼は最近こっちに引っ越して来たらしい。
将棋の名手で、たしか県代表クラスの強さだった筈。そんな話になったら、お友達の1人は奨励会(棋士のタマゴが入る、入会するのも大変)で、もう1人は7冠王にもなった羽生善治の先輩だそうだ。うわー。
将棋は読み物になっていれば好きで、「名人に槍をひいた男」なども読んだけど、指せないの。だから彼等とは話をしなかったけど、残念だったかなあ。
2ステージ目は常連のおばさまのリクエストで、What's Is This Thing Called Loveをやる。ジャズ好きの白髪のおばさま、粋なお方でやんす。倉地がもう1曲のリクエストのEvery Time We Say Goodbye を歌ってくれる。シンプルでありながら難しい曲で、好きだけどやっていない曲の1つだ。倉地はものすごい説得力で歌う。歌詞がちゃんと分かれば、フルートでも吹けるようになるかも知れないと思った。


2001年3月23日(金)

御徒町(上野)アリエス。バンド名「とりつく島」;マサ池田(tb) 山口友生(g) 澁谷盛良(b) 大澤基弘(d)。
ヴォーカルの臼くんも遊びに(歌いに)来てくれたので、大宮ジャムでのいつものメンバーになる。選曲が助かった。
このバンドは、ブラジル音楽とわたしのオリジナル、アレンジものを中心にやっている。基本的に4ビートはやらない。ボサノバ好きな方にはお勧め。臼くんに黒いオルフェやらコルコバード、もろもろ歌ってもらう。
アリエスは3ステージなので、考えて曲を割り振る。それでも終わったらへろへろになってしまった。
友生と盛良と、西麻布のかおたんラーメンを(実に久々に!)食べて帰る。


2001年3月20日(火)

中目黒楽屋(らくや)。野口ジャバ久和(p) 澁谷盛良(b)。
ゴルソンのキラー・ジョーをジャバと一緒にやりたくて、入手した譜面を持って行ってやってもらう。
いきなりでも、ごきげんなバッキングでばっちり良い感じになった。嬉しい。
後は、久々にエリントンのジャスト・スクイーズ・ミーをやる。(“わたしをぎゅっと抱きしめて”の意。)
演奏中に、奥の席で、向かい合って話をしていた女の子ふたりがテーブル越しに抱き合ったので、びっくり。話が盛り上がってそうなったのかなぁ。まさにジャスト・スクイーズ・ミーだー。なんていう偶然?

指の怪我は、吹いていても違和感を感じなくなった。でも、20日たっても完治していない。(3月1日にやってしまったので、数えやすい...)どうやら全治1ヶ月ということになりそう。


2001年3月18日(日)

発表会at目黒SONOKA。
総勢8名の生徒+&の発表会。お願いしたバンドメンバーは、黒野治子(p) 澁谷盛良(b) 鈴木麻緒(d)。
去年の2月以来の発表会でした。前回参加した生徒さんも多く、去年に比べて先生も生徒も慣れたかな、という感じ。テクニックのうまい下手とはまた別に、それぞれの個性が出ていて、なかなか楽しかった。そういうところが、ジャズは面白いなあと思う。(聴いていて手に汗をかいたけど...自分で演奏する方がかかないよう)
午後3時開始、6時に終わって、みんなで白木屋に飲みに行く。
みなさんお疲れさまでした。
快く引き受けてくれたバンドのみんなとSONOKAマスターにも感謝しています。


2001年3月16日(金)

銀座テネシー、キミコ(g&vo)大澤くん(d&perc)。
お店がややざわざわしたりしたけど、キミコがしっかり歌って盛り上がる。彼女の考えた、ウエーヴで始まってRioで終わる選曲も良かった。
島谷さん、カナディアンウイスキーを御馳走様でした。

4/20発売のCD、「春の如く」の詳しい案内(収録曲、メンバー等)を作りました。詳しくはこちら。

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2001年3月15日(木)

SONOKA、二村希一(p) 澁谷盛良(b) 山口新吾(d)。
指の怪我をしてから、始めての自分のカルテットのライブ。
不幸中の幸いというのか、今月前半は2管、ボサノバ&ブラジル系バンド、ヴォーカルとのセッションで固まっていて、指的には凄くハードじゃなくて助かっていた。ボナペティーの一曲目なんか、How Insensitive選ばせてもらったし。「らーーーーしらしらーーーーしらしらーーーー」あまり指を動かさないで吹けるのです。へへ。
今日はそうはいかないしなあ、と、気合いを入れて行く。
フランソワ、基さん、citysan、星さん、す’ーさん、相部さん、常連さんが続々来てくれて、寺さんも、ポスター製作をお願いしていたのでラフを持って現われた。(本名とハンドルネームとニックネームごっちゃです)とても嬉しい。
citysan曰く「やっぱり9人だね。」壁ぎわの席は詰めても9人しか座れないのだそうだ。言われて始めて気付いた。流石常連。
フランソワは聴いている時、“応援オーラ”のようなものをくれる。とても楽しそうで、暖かな視線。マリア様のようだなあと思う。本人は気付いていないのかも知れないけど。
オリジナルの獺祭(だっさい)をやったら、曲が速いせいもあって、指がちょこっと痛んだ。
「アンコールはやらないの?」と言われたけど、今日はそんな訳でごめんなさい。


2001年3月14日(水)

今週の前半はレッスンの日々。
まあ、まったく、いろいろな生徒さんがいる。わたし自身はメモを録るタイプで、その昔習っていた頃は、言われたことを譜面に書きまくったもんだけど、今の生徒さんはメモを録る事はおろか、渡した譜面も持って来ない人もいるし...
これは、ひとつには、その人が何を目的にしているか、によるのだと思う。せっかくジャズをやるのだから、友人や仲間を作って、バンドで演奏することを目的にして欲しいな、と思うのだが、レッスンを受ける事そのものが目的になっている人もいる。それはそれでOKなんだけど、いつもいつも練習しないでただそのまま来られても、復習だけで終わってしまうし、先に進めないし、困る。簡単にできる進行の曲も尽きてしまうし。
今日はイイダジャズ・スクールの日。皆しっかり前に進んでいるので楽しかった。

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2001年3月11日(日)

2日間のライブも終わって、今日はお休み。
友人の飲み会が2つあったのですが、どちらも約束はしていなかったので止めにして、比較的おとなしく過ごしました。会いたかった人も沢山居たんだけど、珍しく自重...。
洗濯物をまとめてコインランドリーで洗いつつ近所の飲み屋でちょこっと飲む。
ここは大皿料理なんかもあって、きぬかつぎ、鯵の南蛮漬、浅葱のぬた、などを食べてるうちに洗濯もできる。
12時閉店なので飲み過ぎないですむし。自家製の梅酒もご馳走になって帰る。


2001年3月10日(土)

大宮アコースティックハウス・ジャム。臼田道成(vo) マサ池田(tb) 山口友生(g) 澁谷盛良(b) 大澤基弘(d)。
わたしが企画してやっているバンドのなかで、このバンドが一番人数が多い。6人編成だ。
で、いつも選曲に苦労する。カルテットの時みたいに、思いつきで「今日はこれをやろう」と言う訳にも行かないし...ある程度アレンジの決まっているものを選んで行く。
それでも、今日は、臼くんに、ミルトン・ナシメントの「トラベシア」をどうしても歌って欲しくて、当日になって譜面を持ってきてやってもらう。ミルトンの曲はスペイシーでありながら存在感もあって、素敵だ。

あとは、久々に「椰子の実Ver.1994」をやった。フルートがサブのメロディーを吹いて、メインのメロディーはトロンボーンが吹く。今やこのアレンジは、マサくんが居ないとやる気がしない。どんな風に混ざって聞こえるのか、客席で聞いてみたいと思う。

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2001年3月9日(金)

本厚木、マッカーサーガレージ、ナミちゃん(vo)セッション
指が思ったより良くなっていないなあ。飲み過ぎたからか?

速いパッセージを吹くとちょこっと痛む。
美恵さんにもらったフルートのアジャスターを付けて吹いてみる。左手の人さし指の付け根を安定させるもので、ちょうど使い勝手が良い。
怪我はずいぶん良くなっているので、経皮吸収型鎮痛消炎材(サロンパスの肉厚なようなやつ)を貼って寝る。


2001年3月8日(木)

今日もお休み。
わたしのホームページの制作者である"人柱2号"さんこと長さんが、仕事で上京する、というので、会うことに。当然買ったばかりのPowerBookG4も持って来られた。
先ず夕方に共通の友人である美恵さん宅にお邪魔して、G4を見せてもらう。やっぱり第一印象は「薄ーい!」の一言。ハムサンド位の薄さ。でも、大きい。A4よりひとまわり大きい感じ。
メモリ500以上(忘れた)HD20GBだって。くーっ。うらやましひ。鞄もぴったりの薄いのに買い替えちゃって、このこの、って感じ。
ジャバスクリプトとか、少し教わる。

夜、美恵さん宅の近くの居酒屋で彼女(プルミエ・フルート・スクール)の生徒さん達と飲む。
全員フルートを吹く人の飲み会。総勢7名。
指を車のドアに挟んだ、という話をしたら、それは大変、と顔をしかめられた。楽器を演奏する人だと、「大変だっ!!」ってすぐ言ってもらえる。美恵さん曰く「指はダメ、挟むんだったら今度からアタマにしなさい」
いろいろ心配してもらって、指がどんどん治って行く感じがした。
美恵さんの生徒さんは、みんなユニークで面白い。みんなジャズ吹かせてみたいなあ。

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2001年3月6日(火)

今日はお休み。
昨日はCDジャケットの版下最終校正日だった。もうデザインのあらましも見ていたし、文字校正も済んでいたのでこれでゴー、でした。ジャズい、しかも都会的な、しかもちょこっと野暮ったい感じの、(というとデザイナーのかたに怒られるかもしれないけど、そこがまたわたしらしくて好き)なかなかなジャケットになりそう。
チェックのため預かっていたネガポジをポリスターのT中さんがわざわざ取りに来てくださる。
きぱきぱっ、とした(てきぱきと言うのが正しいのか?)行動力のある人です。助かりました。
夜、鶴ちゃんのレッスン。バッキングのためピアノを弾くと指が痛い。しまった、ピアノを弾く事は考えていなかった。
明日はイイダ・ジャズ・スクールの講師、ただでさえ下手なピアノがもっと下手になってしまった。みんな、すまんのう。


2001年3月4日(日)

実は木曜日の帰りに、車庫で車のドアに指を挟んで怪我とねんざをしてしまった。疲れていたのと眠かったので自分で挟んで自分でドアをバーンと閉めた。あああ〜。
冷やすのが良い、と姉が教えてくれて、どんどん冷やす。
だいぶ良くなって、ボナペティーのライブも無事に吹けました。
マサ池田(tb) 山口友生(g) 澁谷盛良(b)。このメンバーではブラジル音楽、わたしのアジアぽい曲や8ビートをやっている。マサくんは達者で、ニュートラルなプレイヤー。いつも素敵です。

ライブが終わったのは10時過ぎ。近所の飲み友達が連れ立って聴きに来てくれて、「これから飲みに行こうよ」と誘われたのだけど...怪我が悪化するとヤバイので泣く泣くパスする。


2001年3月1日(木)

蒲田直立猿人でライブ。天野丘(g) 澁谷盛良(b)
前にここでやった時に来てくれた素人六弦、ひっとまんとお友達、あとショーターおたくのへらまっちゃんが来てくれて(ハンドルネームとニックネームごっちゃです)、そして猿人の常連さんと合わせて、満員御礼。
ありがたいありがたい。もっとも猿人は5人も入れば満員なのですが。
リクエストは基本的にあまりやらないのだけど、一人選曲会議をしている時に、へらまっちゃんにショーターのインファントアイズの譜面を見つけられて、「これ〜」と言われて、演りました。
昔友人が、「世界一美しい」と言ったバラードの曲。
ショーターの作曲センスは凄いといつも思う。

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